「魔術師たち」
光暦4042年１月。
プリロア東部辺境の小領主ルビドゥスピヌスは，マリスから西南へ凡そ600キロ地点に
ある居城アルヴェキシルに於いて，７千の兵をもって挙兵する。
albavexillum
海賊王リグヴィルはマリス海賊艦隊を率いルビス海峡を突破，魔帝派の諸水軍艦隊を蹴
散らしつつ，ポルタデウスに黎明敵前上陸を開始する。
海岸沿いに防御陣地を築いて篭る６万余の魔帝軍に対し，リグヴィルは，戦艦ルシスと
戦艦マリスからの艦砲射撃を集中。
その隙に上陸部隊（乗員100名の重装備巡洋艦３隻，乗員50名の軽装備巡洋艦５隻，
乗員30名の高速駆逐艦15隻からなるブラフィ率いるマリス海賊艦隊）は，殆ど無抵抗で橋
頭堡を確保，ポルタデウス市街に侵攻を開始する。
一方，リグヴィルの長子であるマラドとルビドゥスピヌスはアルヴェキシルを２手に分
かれて進発し，プリロア全土を平定しつつ陸路を800キロ西進。
マラド率いるマリス軍にはオグルストルのアグとその息子たちの参陣もあり，その数は
２万５千余に膨れ上がっていた。
マラドはこのとき21歳。
既にリグヴィルの元で幾多の修羅場を潜ってきている。
ルビドゥスピヌスは北のレグルス（REGULUS）方面から，マラドは東のルビス（RUBIS）
方面から西ルクレアに進出。
ポルタデウス北方で合流したマラドとルビドゥスピヌスは，西ルクレアのマイア（MAYA）
山上（標高1400ｍ）に陣を張る。
「堂々たる布陣だな」と，眼下に広がる10万余の魔帝軍を見下ろしながらマラド。
「未だ敵陣は鉄壁とは言えませんな」と，ルクレア・ミニングルの王アグ・アール・
オー・ダヴィス・ヴァンデルホルン。
「マリスとルシスからの艦砲射撃の効果が大きいですね」とマラド。
「モンテマダマンは100万の兵に包囲されているらしいですぞ」とルビドゥスピヌス。
「それに比べれば物の数ではないわな」と，アグ。
「これでリグヴィル様が参陣されれば我等は楽勝ですな」とルビドゥスピヌス。
「正に」とアグ。
笑い合う面々。
マイアには，リグヴィル率いるマリス海賊艦隊の陸戦隊や，エクセルシスからセンチネ
ルによる長弓部隊も続々と着陣，総数は４万を超える。
「篭城は趣味じゃないな」とリグヴィル。
「一気に行きますかな？」とアグ。
「うん。敵が結集してしまわないうちに一気に叩こう。先陣はアグに任せる」とリグヴィル。
「人狼衆も奮い立っておりますぞ」とアグ。
「それは頼もしい。ではアグは中央から突入，敵本陣を突破した辺りで左に折れ，その
後，左翼中央を斜めに切り裂いて頂こう」とリグヴィル。
「陽動作戦ですな」とアグ。
「うん。本陣突破後は多少スピードを緩めて，敵左翼部隊を少しでも引っ張っていって
貰えれば有難い」
「了解致した」
「但し，くれぐれも無理はしないように」
「了解」
「第２陣はルビドゥスピヌス殿とオグルの方々に御願いする」とリグヴィル。
「はっ！ 引き受けましたぞ！」とルビドゥスピヌス。
「ルビドゥスピヌス殿も中央から突入し，敵本陣を突破した辺りで右に折れて，その後，
右翼中央を斜めに切り裂いて頂きたい」とリグヴィル。
「はっ！」
「マラドは金烏衆と共に，海賊衆，鴉衆を率いて手薄になるだろう敵本陣を完膚なきま
でに叩け」とリグヴィル。
「はい」
「はっ！」
「各部隊とも突破後は海岸まで駆け抜けて，敵陣の後方で陣を立て直せ」
「了解！」
「雑魚には構わず，敵本陣の倫理更正の騎士団のみを叩き潰す。中央突破，各個撃破あ
るのみ」
「はっ！」
「兎に角，機動力，スピードが全てだ。疾風のように駆け抜けろ」
「はっ！」
「で，父上は？」とマラド。
「私はアグに先行して，可能な限り，魔法で敵の眼を眩ませる」
「ふむふむ」とアグ。
「爆音が聴こえたら突入を開始してくれ」
「了解！」とアグ。
「お気を付けて」とマラド。
「うむ。では各自，奮戦を期待する」
「了解！」とルビドゥスピヌス。
「一応，結界魔法と守備力増強魔法は掛けていくが，各人くれぐれも無理をしないようにな」
「了解！」
「はっ！」
リグヴィルは物言わぬ白馬に跨り，敵陣目指して駆け下りていく。
それに続いて青毛の馬に跨った黒装束の一団がリグヴィルを追う。
その数５騎。
闇夜の鴉である。
リグヴィルは敵の矢の射程圏外で馬を止めると，剣の王を高く掲げ，何やら呪文を唱え始める。
先ずは，大暴風雨を起こす「水竜召喚」。
次は，究極の雷撃魔法「雷神召喚」。
そして，高速回転の竜巻によって生じた真空の刃でを切り刻む究極の真空魔法「風竜召喚」。
最後は，大気の精霊の力を借り，空気中全ての元素を一点に集中させ，敵の中心で爆発
させる爆発魔法の究極版のオマケを付ける。
アグは指示通り，リグヴィルの魔法攻撃が始まると同時に一気にマイア南麓を駆け下り，
爆音と共に，包囲軍中央に対し猛攻を加え始める。
騎乗用に柄を長く，そして刃を小さくした戦斧でオグル兵士の体を一瞬に切り裂いていく。
この中央突破作戦では人狼に乗ったアグの親衛隊の活躍は特記されて良いだろう。
アグも，そしてその息子たちも，各々，優に２桁以上もの大将首を討ち取っている。
そしてアグ隊に続いてルビドゥスピヌス隊，そしてマラド隊がリグヴィルの横を通り過
ぎ，敵陣に突入していく。
最後にリグヴィルと闇夜の鴉たちが，敵を混乱させ，同士討ちさせる幻惑魔法を掛けな
がら敵陣を突破していく。
これに対し魔帝軍は為す術なく陣形を寸断され，混乱に陥り，陣の後方から順次，西方
に撤退していった。
こうしてリグヴィルら連合軍は僅か数時間の戦いで「倫理更正の騎士団」率いる魔帝軍
10余万を大いに破った。
橋梁を破壊しつつ壊走する魔帝軍の中には，既に中年期に差し掛かった，腐乱の騎士
ルーンの姿もあった。
「おのれ！！！！！！！ またしてもリグヴィル！！！！！！！」
ルーンはリグヴィルへの復讐のため，暗黒竜インリと月の女神ガブリに忠誠を近い，
魂を捧げる見返りに月の魔力を得ることになる。
その後，ルビドゥスピヌスとリグヴィルの連合軍はモンテマルセン（MONTEMARSEN）から
へスペルス（HESPERUS）方面に敗走する魔帝軍を猛追撃。
敗走軍を各個撃破しつつ，更に西南へ500キロ移動し，魔都パキシスに迫る。
このタイミングで，リグヴィル率いる反魔帝連合軍に，ナヴィスの戦いに勝利した魔都
の銀狐フェブル・エレヴェンス率いる狂帝軍が加わる。
同じ父親の種を受けた，フェブルとリグヴィルの初めての出会いである。
但し両人とも，そのことを知らない。
更に，ソセロアからマリス艦隊に輸送された「蠍」とヂャウス率いる「緑の狸」，そし
てエクセルシスから「鴉」の援軍が続々と集結してくる。
アグの長男と次男であるスンリゴネレトのヴィグとスペアルストネのウェドは，今回，
ソセロアの狂帝軍を抑えるため参陣していない。
同年３月，リグヴィル及びフェブル率いる反魔帝連合軍は，魔都パキシスに進出し，
体制を立て直した魔帝軍との間で一進一退の攻防が続く。
「これが魔都か」
本陣近い高台から，夕闇迫る市街を見やりながらリグヴィルが言った。
魔都パキシスは人口280万，面積は2500平方キロ。
１辺50キロ四方の外周に，城壁もなければ濠もない。
升目状に整然と区画された市街地に高低もない。
小さな家々は木と土で造られ，その大部分は平屋造りだった。
「欲望と暴力，悪徳と野心，退廃と混沌とが綯交ぜとなった腐敗臭漂う嫌な所だ」
フェブルが応えた。
「フェブル殿は此処の，お生まれか？」
「いや，出生の地は私自身知らされてないのだよ」
「ほう」
「物心付いたときにはモンテマダマンのガブリ神殿に居た」
「私がソリスヴァリスのイシュラム館に居たのと同じだな」
リグヴィルが笑う。
「父の名も母の名も知らぬ天涯孤独の身の上だ」
フェブルも笑う。
「御同様」
「攻撃魔法や剣技はガブリ神殿で？」
「どうやら人狐の血が色濃く混ざっているらしい」
「満月が近付くと気分が高揚する？」
「いや，不思議と月齢に左右されない」
「ほう」
「御蔭で未だに完全狐体形を取ったことがないのだよ」
「にも拘らず魔都の銀狐という異名を？」
「うんうん。私が自ら名乗った訳ではないのだけどね」
「ところで，狂帝とは，どんな人物なのかな？」
「淫祠邪教の徒だよ」
「良いのか？ そんなことを言って」
リグヴィルが笑った。
「良くはないだろうな」
フェブルも失笑する。
「聴かれたら首が飛ぶ」
「だね」とリグヴィル。
「癇の強い御方だ」
「しかし一度裏切ったフェブル殿を，変わらず重用してるところをみると，やはり只者
ではないと感じるね」
「利用価値がなくなるまでは使って下さるだろう」
「フェブル殿なら世界を変えることも可能だろうに」
「買い被って貰っては困るよ」
フェブルが笑う。
「どうも私は他人を動かすのが嫌いな性質でね。その辺りがリグヴィル殿とは違う」
「私は自分で動くのが億劫なだけさ」
「リグヴィル殿は良い家臣に恵まれている」
「確かに，それは言えてるな」
「そして良い友人にも」
「うんうん。私が戦場から突然居なくなっても何とかなりそうだね」
「そんなことはない。大将あっての兵だろう」
「いや，実は戦線を離脱して，ちょっとラルショルク観光と洒落込もうと思ってる」
「御冗談を」
「いや，冗談じゃないよ」
「ほう」
「そこでフェブル殿に是非にも御聞き頂きたい儀がある」
「何か」
「私が戻ってくるまで，攻略軍の総司令を御願いしたい」
「暗黒竜を退治に？」
「うん。このまま戦ってもパキシスは陥ちそうにもない。無駄に兵を失うだけだ」
「インリの霊的結界が張られていると？」
「恐らく。この街は無防備故に陥とせない」
「了解した」
「痛み入る」
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