「穢都の死神」





　「そんな！」

　父親ビブドの拘束の理由を鴉から説明されたビブドの息子たちは絶句した。

　事もあろうに暗黒忍軍の罠に掛かって軍事機密を漏洩していたとは。

　しかも女装した間者を少女と思い込み，何度も何度も逢瀬を重ねていたなんて。

　「ま，大して実害はなかった訳だが，取り調べが済むまでは一応軟禁状態に置かざるを

得ない」

　「はい」

　「良い機会だ。ビブドの敵討ちを打とうか？」

　「是非にも」

　「表立って攻撃する訳にはいかないが，隠密裏にインリ教の拠点シルヴィウスと，オグル

のマリス政庁を叩き潰そう」

　「政庁もですか？」

　鴉のひとりが訊いた。

　「本来なら，領主である私に明け渡して然るべき政庁を，オグルの木端役人どもは何だ

かんだと理由を付けて，一向に立ち退く気配がない」

　「なるほど」

　「ビブドを釣った工作員が魔帝の手の者か狂帝の手の者かは判然としないが，どちらに

しろ，どちらかの施設に匿われてるとみて間違いないだろう」

　「そういえば，件の工作員は，全裸で逃走後，オグルの農家の豚小屋の汚物の中に潜ん

でいたらしいとの報告が上がってきています」

　「ほう」

　「数日間，豚の糞尿に塗れて，全裸で過ごしたと思えば，敵ながら哀れを誘いますな」

　「まー戒律もあって，流石に豚小屋には踏み込めないからな」

　「敵ながら天晴れといったところですか」

　「まあな」

　「しかし肛門の傷の手当てもせず，不潔な豚小屋に潜んでいたとすると，傷口から黴菌

が入って恐ろしいことになっているかも知れませんね」

　工作員を取り逃がした鴉が言った。

　「お猿の，お尻は真っ赤っかってか？」

　リグヴィルの冗談に，ビブドの息子たち以外の全員が笑った。



　そのころ，マリス城の南西100キロにある，オグルのマリス政庁の奥まった一室では，

ビブドにアナル処女を捧げた暗黒忍軍ルクレア方面軍司令長官45号が高熱を発して床に臥せっていた。

　やはり患部から黴菌が入って敗血症に罹患していたのである。

　「調子は如何ですかな？」

　顔面蒼白で震える工作員からの返事はない。

　「しかし運が良う御座りましたな。偶々西の都エディスからインリ教の治療師様が御見

えになっておられて」

　どうやら，オグルの都から派遣されていた元マリス島の長官のようである。

　「あと数時間手当てが遅れていたら，指の５本や10本の欠損では済まなかったところで

したな」

　工作員は壊死した手足の指の大半を切除されていた。

　仮に敗血症が完治したとしても，この状態では現役復帰は難しいだろう。

　「当分は発熱や悪寒，嘔吐，筋肉痛，全身倦怠感，悪心は続くかも知れませんが，最悪

の事態は脱したとのことです」

　そのとき，インリ教の治療師という触れ込みで，エディスからウェセロアに派遣される

途中，マリスに寄ったトゥートが入室してきた。

　白い上下に，裏地が赤い黒いマントを羽織っている。

　髪は完全には白くはないが，かなり薄く，９：１ぐらいの割合で横に流している。

　どうやら，クレルグルか，あるいは旧ルクレア貴族の容貌である。

　鼻が大きくないので，どちらかと言えば後者の可能性が高い。

　年齢は，ルクレア系種族としても，かなりの高齢だろう。

　少なくとも700歳は超えていそうである。

　「これは先生」

　マリスの元長官がトゥートを迎える。

　トゥートが工作員の脈を取り，舌を観察し，眼球を観察しながら言った。

　「運が宜しかったですな」

　トゥートが解毒薬を工作員に呑ませる。

　「エディスの設備なら治療も容易なのですが，如何せん」

　「呪われた地エディスですか」

　元長官が口を挟む。

　「さよう。エディスの研究施設なら改造手術も可能ですな」

　「ほう」

　「失った手足を別の物と交換することも容易いことですじゃ」

　「例えば？」

　「20年程前，ソセロアで蠍男の実験をしておりましてな，そのときは腕を鋏状に改造した

こともありますのじゃ」

　「ほう」

　「このマリスでも蛙男の実験をしておったのじゃが，リグヴィルとかいう魔法使いに邪

魔されてしまいましたわ」

　トゥートが苦々しく言い放つ。

　「リグヴィルとは最近この島を領有することになった，あのリグヴィルですか？」

　「らしいですな」

　「ほう」

　「ソセロアでの蠍男の実験も，そのリグヴィルの妨害で頓挫しましたのじゃ」

　「ほほう」

　「今度はウェセロアで蠅男やゴキブリ男，鼠男の実験を命じられましてな」

　「何やら伝染病を媒介する生物ばかりですな」

　元長官が笑った。

　トゥートが何故か緊張する。

　「手指の再生が可能というのは本当か？」

　高熱に浮かされながらも，職業柄か，一部始終を聴いていた45が話に加わる。

　「もちろん可能ですじゃ」

　「エディスに行けば治療して貰えるか？」

　「喜んで」

　「是非にも，あの巨人とリグヴィル一党に復讐したい」

　「私も協力しましょう。リグヴィルが我等共通の敵ですな」

　と，リグヴィルに役職を追われようとしている元長官。

　「では，ウェセロアに着いたら連絡してくだされ」

　「うむ」







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