ルシエル光臨





　12歳の誕生日まで，あと３ヶ月に迫った６月初旬とある日の午後。突然，何の前触れも

なくルシエルがエクセルシスのジュディスの元を訪ねた。

「金烏どもへの神勅を与えるついでに寄った」と，ルシエルはドリスに言った。前回の訪問

時ルシエルがドリスに洩らした例の一件について，ルシエルはエクセルシスの評議会を牛

耳る老人たちに対して釘を刺す為に光臨したのだろう。どうやらドリスの父であるモルヴァ

イ侯は孫娘のジュディスをエディス２世の後室に入れるため，何処ぞの大貴族に養女に

出そうと，あれこれ画策し始めているらしい。モルヴァイ侯程の身分なら直接ジュディスを

エディス２世の愛妾とすることは充分可能なのだが大貴族たちの反感を買うのを恐れた

のかも知れない。

「髪を切ったんだね？」ルシエルが，ジュディスの肩先で切り揃えられた髪の毛を視線で

指しながら言った。

「はい。長い旅になりそうですから」ジュディスが眉の上辺りで揃えられた前髪を心持ち揺

らしながら眼を伏せ気味に答えた。

「よく似合ってる」肯きながら，ルシエルが言った。

「はい。御爺様も見違えるようです」

「此間は，余りに貧相な格好だったからね」今日のルシエルはルクレアへの巡礼を装った

極めて平均的な白く長いローブを身に纏っている。

「御爺様は止せ。気が滅入る」ルシエルが笑いながら言った。

「はい」

「そうだな？　叔父様ってところでどうだ？」

「はい。叔父様」ルシエルと揃いの白いローブを身に纏ったジュディスが答えた。

「今日は，これを持ってきた」ルシエルが麻袋の中から縁を金糸で繍った緑色のローブと

山羊の紋章の入った銀色のマント，金色のサンダルとグローブ，ラピスの指輪，ラピスの

アンク，中央に紅玉を飾った軽い金色のアーメット，様々な秘薬や巻物が詰め込まれた小

袋，柄に宝石の埋め込まれたラピスの短剣を取り出し，ジュディスに手渡す。

「ラピスには魔を祓う効果がある」

「はい」

「どのアイテムにも並の妖魔なら近付くことも出来ないほどの強力な呪を封じてある」

「そして，この召喚の杖もジュディスに与えよう」

「はい」

「敵の数が多いときや強敵に遭遇したときは，この杖で味方の精霊や妖魔を召喚すれば

良い」

「味方の精霊とは？」

「火の精霊，水の精霊，大地の精霊，大気の精霊ぐらいかな。詳しいことは巻物に書いて

あるので必ず暗記しとくように」

「はい」

「それから，その中にはオール９の魔道書にも入っていない未だ完成されていない新しい

呪文が書かれた巻物も入っている」

「え？」

「＜雑魚はスルーｗ＞と唱えさえすれば一定以上の力量を持たない雑魚は立ち所に消滅

する」

「はい」

「但しジュディス自身の能力との相関関係を持つ」

「はい」

「つまりジュディスのレヴェルが上がれば上がる程，呪文で消える雑魚の上限が上がって

いくという訳だ」

「魔力のレヴェルを上げるためには，どのような修行をすれば良いのですか？」

「雑魚を数多く倒せ」ルシエルが笑った。

「妖魔や山賊を倒せば倒す程，魔力のレヴェルは上がる。但し最初は初級の攻撃魔法か

ら始めなければならないよ？　いきなり究極魔法の呪文を唱えても何も発動しない」

「はい」

「命乞いしても，決して気を許すな」

「はい」

「一瞬で改悛する悪党など存在しない」

「はい」

「心をオグルにして，禍根を断て」

「はい」

「護衛として闇夜の鴉を５人，ジュディスには付けることになる」

「え？」

「付かず離れず，ジュディの身辺を警護するが基本的には単独行動となる」

「はい」

「旅先で何か困ったことがあれば何処かにメモを残すなり，宙へ呼びかけるなりすると良

い」

「はい」

「此間も言ったが，ジュディスは運が良い」

「はい」

「何事も気楽に対処していれば自ずと道が開ける」

「はい」

「怒りは決して臨界点まで溜めてはいけない」

「はい」

「思っている以上の災禍を齎すこともあるからな」

「はい」

「雑魚は雑魚らしく一思いに塵に還してやれ」

「はい」

「腐った魂の，一欠けらも残さぬようにな」

「はい」

「ぐらいかな」

「はい」ジュディスが微笑んだ。

「叔父様は父上がソリスヴァリスを出たときにも，こうして色々と御心配されたのですか？」

「いや。闇夜の鴉は同じように付けたし，ある程度の装備や路銀は持たせたが，リグヴィ

ルは20歳を超えてたし，それに男の子だったからな」と，ルシエルは笑った。

「心配性だと思うか？」

「はい」ジュディスが笑った。

「確かにナギとの戦いの際は，すぐ近くで待機していたが」

「あら」

「召喚されたからといって，瞬間移動出来る訳じゃないからね」







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