「ルクレア年代記Ⅱ」 The Chronicles of Lucrea (Part-2)
「光の錬金術師（中編）」
ある日，ソリスヴァリスのイスラム館最上階に在るリグヴィルの執務室に
前ソセロア･ミニングル王アグ・アール・オー・ダヴィス・ヴァンデルホルン，
元スンリゴネレトのルクレア神殿司祭バト・ステヘン・ステヴェンス，元＜ソ
セロア砂漠の盗賊団＞の重鎮ヴァレ・エ・リンドロス・ロゼンブリュム，アグ
の３男であるヘイ・アグス・ヴァンデルホルン，アグの４男であるアドニス・ア
グス・ヴァンデルホルン，アグの５男であるオマイラ・アグス・ヴァンデルホ
ルン，アグの６男であるチャルレス・アグス・ヴァンデルホルン，アグの７男
であるジョンニエ・アグス・ヴァンデルホルンの８人がリグヴィルによって召
集された。
１
大きな会議用テーブルの南端に座ったリグヴィルが口を切った。
「地図を見て欲しい」
それぞれが革表紙のファイルに綴じられた，狭義のルクレアや東ルクレ
ア，南ルクレア，そしてソセロア大陸の全土が描かれた地図を凝視した。
地図の中心はソリスヴァリスになっている。
「何か気付いたことはないか？」
リグヴィルが続けた。
「さあ，これといって特には」
アグが答えた。
「バトは？」
「私も特には」
「そうか。では２枚目の地図を見て欲しい
同じ地図に，数本の線が引かれている。
「エクセルシスとスンリゴネレトを直線で結んでみた」
「ほう」とアグ。
「直線２つに分ける上に，丁度このソリスヴァリスが在りますな」
バトが答えた。
「そうだ。偶然なのか，それとも雷神イシュラムが，意図的に，この場所を隠
居所として選んだのかは不明だが」
「なるほど」とアグ。
「しかも古代ルクレア帝国の時代には，エクセルシスとスンリゴネレトは，ど
うやら地下道で結ばれていたらしい」
「ほう」とアグ。
「その地下の道を，鉄の箱が高速で移動していたというのだ」
「それを誰から御聞きになったんで？」とヴァレ。
「（戦艦）マリスの艦長のエリスさんからだ」
「なるほど」とヴァレ。
「あの御方は光の神ルシエル様の御令嬢らしいですな」とアグ。
「うん。アレクシスに鎮座する人類の守護者イシスとの４女で，イシス神殿
の戦乙女の一人だということだ」
「凄い美人ですね」とヴァレ。
「そうだな」とリグヴィルが笑った。
「しかし，ウェセロアでは子供を浚う＜夜の魔女＞と呼ばれて恐れられてい
るらしいぞ」とリグヴィルが続けた。
「ほう」とヴァレ。
「本人が，そう言ってた」とリグヴィルが笑った。
「（戦艦）ルシスの艦長のセレスさんは，無言で，無表情で，淡々と仕事をこ
なすタイプだけど，エリスさんの方は割かし話好きかな。自分では気が荒い
とか言ってたけど」
「ほう」とヴァレ。
「でまあ，そのエリスさんが，光の神ルシエルからの勅命を伝えてきた」
「ほう」とバド。
「バドは確か光の神ルシエルから，ルクレアのルシエル神殿を復興するよ
う命じられてたな？」
「はい。しかし神殿はオグルに完全に破壊され，現在では近寄ることさえ適
いません」
「うんうん」とリグヴィル。
「そしてアグたちは廃城オグルストルの地下工廠の建設とルクレア･ミニン
グルの統一だったな？」
「そうですな。ただ，これもオグルストルに近寄ることも出来ず難儀しており
ますじゃ」
「うんうん」とリグヴィル。
「ルクレア･ミニングルの統一の方は，各地のミニングル諸侯に伝令を走ら
せ，大半は私を＜王＞として認め，恭順する意向を示しておりますが」
「抵抗する勢力もあるのか？」
「表立っては皆無ですな。エクセルシスの意向というだけではなく，我等が
雷神イシュラム様の御父君で在らせられる光の神ルシエル様の勅命が出
てますからな」
「なるほどな」
「但し，所詮は遠く離れた点と点の繋がりに過ぎず，ミニングルの勢力が拡
大したという感じとは程遠いですな」
「うんうん」
「ヴァレはルクレアに盗賊ギルドを作る使命を与えられたんだったな？」
「はい。取り敢えず，このソリスヴァリスに＜ルクレア盗賊ギルド＞の本部を
置き，各地の逸れ者たちの組織化を図っています」
「成功しそうか？」
「今の所は，街道に蔓延る悪質な盗賊集団の駆逐ぐらいから始めるしか手
がないですかね？」
「別にルクレア系諸族に限らず，獣人やオグルの盗賊を組織化しても良か
ったんだよな？」
「注文は付けられてませんね。オグルは兎も角として，ソセロアの＜蠍＞同
様，獣人とは綿密な連携を図りたいものだと思ってます」
「人狼とかか？」
「そうですね。彼等はルクレア山脈最大勢力ですからね」
「そっちの方は任せる。ギルドの運営資金は，潤沢なソリスヴァリスの金庫
から幾らでも提供しよう」
「期待してます」とヴァレが笑顔で。
「話を元に戻そう。皆は，このソリスヴァリス地下深くの迷宮の存在は知っ
てるな？」
それぞれが頷く。
「このイシュラム館にも，その入り口がある。１階の昇降機から，地下10階
まで降りていける」
「地下10階には，我が雷神イシュラム様の居室が在らせられるそうですな」
とアグ。
「流石の私にも進入の許可は与えられていないがな」
「ほうほう」とアグ。
「光の神ルシエルの勅命というのが，この地下10階にあるエクセルシス，ス
ンリゴネレトへと続く巨大通路の整備に先立ち，その通路に蔓延る妖魔を
駆逐せよということらしい」
「妖魔とは？」とヴァレ。
「どうやら古代ルクレア貴族が作り出した不死の人工生命体らしい」
「ホムンクルスというやつですな。スンリゴネレトの地下迷宮に蔓延ってい
た妖魔同様の」とバド。
「不死故に，かなりの強敵になる」
「直接打撃も魔法も一切効かないんで？」とヴァレ。
「いや，そうでもないらしい。どちらも，それなりの効果はあるらしいし，低級
な妖魔なら浄霊も充分可能らしい」
「それじゃあ不死って訳でもないんですね？」とヴァレ。
「恐らく，殺されなければ永遠に行き続けることも可能って意味なんだろう
な」とリグヴィル。
「そこでだ。ソリスヴァリスからは掃討部隊の隊長にアグとヴァレ，アグの部
隊にはアグの子供等，ヴァレの部隊にはバドを同行させ，それぞれにエク
セルシスから派遣されて来ている兵を数百人程度付けようかと思ってる」
「ほう」とアグ。
「ビブドとリイピはソリスヴァリスの内と外の警備に残す」
「なるほど」
「私と闇夜の烏，サリスの海賊衆はヴァリスとマリスを動けないからな」
「先程＜ソリスヴァリスからは＞と仰いましたが？」とアグの３男で参謀を努
めるヘイ。
「うん。エクセルシスとスンリゴネレトからも別働隊が出る。エクセルシスか
らは何とかっていう金烏が，スンリゴネレトからはアブドゥル・アデル・ブラン
ケットの部隊が出る」
「ほう」
「アグの部隊はエクセルシス方面に南下，ヴァレの部隊はスンリゴネレト方
面に北上して貰う」
「さて，ダヴィス王は兎も角，一介の盗賊風情の私なんかに，エクセルシス
の兵隊さんたちが素直に従ってくれますかね？」とヴァレ。
「私とて，連中から見れば単なるミニングルに過ぎないだろうし，ヴァレ同様
の懸念はありますな」
「その辺りは心配ない。どちらの部隊も既に選別を終え，部隊長には因果
を含んである」
「ふむふむ」とアグ。
「エクセルシス－スンリゴネレト地下道から妖魔を駆逐した暁には，アレク
シスのイシス神殿から戦乙女を迎え，古代の交通機関を復活させる計画も
あるらしい。そうすればエクセルシス－スンリゴネレトは１時間で移動でき
るらしい」
「ほう。夢のような話ですな」とバド。
「そうなればエクセルシスからソリスヴァレス，ソリスヴァリスからスンリゴネ
レトまでは１時間の半分しか掛からなくなるということだ」
「ふむふむ」とアグ。
「それにオグルストル地下やルクレア中央のルシエル神殿地下まで連絡路
を設けることも容易くなり，開発に必要な物資や人員の配備にも絶大な効
果が期待できる」
「なるほど。地下から開発するのならオグルの邪魔は入らないって訳です
な」とアグ。
「そういうことだ。諸君の奮励努力を期待する」
「はっ」