「憂愁の巨人ビブド」





　マリス城，リグヴィルの執務室。

　リグヴィルと闇夜の鴉５人衆が，13人掛けの円卓を囲んで，極秘の会議を催していた。

　「ここ最近，頻発している敵の待ち伏せ攻撃は，何処からか情報が漏洩しているとしか

考えられません」

　リグヴィルを前に，闇夜の鴉の一人が戦況を報告する。

　「何処から漏れているか特定は出来ないのか？」

　リグヴィルが鴉たちに訊く。

　「考えたくはないのですが，恐らくは此処マリスからだと推察致しております」

　先程とは別の鴉が答える。

　「諜報員が潜入しているということか？」

　「赤い狐か暗黒忍軍かは判りませんが」

　「此方側の諜報員は何も掴んでいないのか？」

　「今のところは」

　「狐が動いている気配はないので，恐らくは暗黒忍軍の方かと」

　「暗黒忍軍だとすると，かなり高位の工作員が入り込んでいる模様です」

　「ほう」

　「恐らくは２桁か，３桁でも早い方かと」

　暗黒忍軍は魔帝直属の諜報機関であり，工作員は数字でのみ呼ばれる。

　１桁を与えられる者は稀であり，現在のトップは２桁前半の番号だとされている。

　狂帝側の暗黒忍軍は迷彩色，魔帝側の暗黒忍軍は黒装束とされているが，実際は明確に

は分かれてはいないらしい。

　「で，狂帝側か魔帝側かも判らない訳か」

　「はい」

　「レグプロフの手の者という可能性もある訳だな」

　「有り得ないとは言い切れません」

　「ルクレア系貴族，皇族の手の者ということも」

　「何でもありか」

　リグヴィルが笑った。

　「現在の情勢は複雑怪奇を極めております」

　「確かマリスにある狂帝側の根拠地は，マリスの東南東70キロにあるインリ教団の施設

だったな？」

　「はい。この近辺では他のアジトは確認されておりません」

　「うんうん。では取り敢えず，デマ情報をバラ撒いて様子を見よう」

　「はっ」

　「私の家族も含め，不審な行動を取る者を徹底的にマークしろ」

　「はっ」

　「暗黒忍軍が城内にまで入り込んでいるとは，やや考え難い」

　「そう思います」

　「内部に内通者が居れば，必ず繋ぎを取るために外部に出ていく筈だ」

　「はっ」

　「私も焙り出しに参加する」

　「リグヴィル様が御自らですか？」

　「面白そうだし」

　リグヴィルが笑った。



　同じ夜，マリス城より北北西に約15キロほど離れたマリス城下。

　裏通り，とある旅の宿屋。

　「入れて・・・」

　「あああ」

　「はぁ。気持ちいい」

　「うんうん。締め付けてくるよー」

　「だって，ずっと欲しかった・・・」

　「欲しかったー？」

　「うん。ビブドの太い・・・」

　「太い？」

　「うん。太いよ。もう，ぐちょぐちょ・・・」

　「ミーナぁぁ」

　「あんあん。すぐ・・・いきそう」

　「いっていいよー」

　「あああ・・・いく」

　「奥で出すよー」

　「ビブドー！」

　「出ｏDゥー！！！！！！！」

　「はぁはぁはぁ」

　という馬鹿馬鹿しくも隠微な，やり取りが，闇の中で交わされていた。



　「ビブド様も変わった趣味を，お持ちだね？」

　「確か，お子も居るだろうに」

　「女装はしてるけど，あれは絶対男だよね？」

　「女装になってないし」

　以上は，この宿屋の下働きの人狸娘たちの会話である。

　ここ数週間，この宿の一室では，週に１回程度の割合で，変装したビブドと，変装した

オグルとの濡れ場が演じられている。

　変装したところで，ビブド並みの身長を誇る誰が居るというのだろう。

　その辺りが知恵足らずと言われる所以である。

　一方，ビブドの相手をしている男の方も不気味である。

　顔形が美しい訳でもなく，どこから見ても無骨なオグルにしか見えない。

　小さな女の子にしか興味なかったビブドが，いつから男色に走ったのだろうか？



　「さっき確認したところ，現在，所在が不明なのは，ビブド様以下数名です」

　「そうか」

　「はい」

　「明日以降，一応，ビブドにも尾行を付けよ」

　「はっ」

　「いや，ビブドには私が付こうか」

　リグヴィルが笑う。







　１週間後，リグヴィルは鴉のひとりとペアを組んでビブドを尾行していた。

　「何だ？　あの格好は」

　「変装のつもりなんでしょうか？」

　若い鴉が言った。

　「うーん」

　「しかし怪しいですね」

　「うん」

　標高600mの山の頂上にあるマリス城から，眼下の城下まで螺旋状に降りていく。

　何箇所かの城門に配置された門番も，ビブドのことはスルーだ。

　そしてリグヴィルと鴉についても，敬礼のみで声は掛けない。

　「城兵の教育は，一から，やり直しだな」

　リグヴィルが言った。

　「城門を潜って潜入する工作員も珍しいですからね」

　「況してや，城から出ていくものへの警備は緩くとも仕方がないといったところか」

　「そうですね」



　ビブドが開け放たれた扉を潜り，旅の宿屋に入っていく。

　「宿屋に何の用だろう？」

　「敵の工作員との接触でしょうか」

　「うーん」

　少し時間を置いて，リグヴィルと鴉が宿屋に入る。

　「主人を呼んで貰おう」

　リグヴィルが受付の人狸に向かって小声で放つ。

　「はい」

　受付の人狸が主人を呼びにいく。

　「ざわざわと嫌な感触がする」

　リグヴィルが独り言ちた。

　主人が受付の人狸と共に現れる。

　鴉が何やら主人に耳打ちをする。

　リグヴィルと鴉は，主人の案内で，ビブドたちの隣の部屋に入る。

　鴉が壁の最も薄い部分を探し出す。

　リグヴィルと鴉は聴音用器具を耳に付け，隣室の音声を聴き逃さないように神経を集中

する。

　１週間前と何等変わらない隠微で馬鹿馬鹿しい，やり取りが繰り広げられている。

　ビブドたちの部屋の寝台の軋みでリグヴィルたちの部屋まで揺れる。

　「踏み込もうか？」

　リグヴィルが言った。

　「寝込みを襲いましょう」

　「うむ」



　「後ろは止めて」

　暗闇で工作員がビブドに言った。

　しかしビブドは構わず突き捲くる。

　その刹那，

　「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁ！」

　それまで使っていた女の声音とは明らかに違う絶叫が宿屋中に鳴動した。

　ビブドの腰の動きが止まった。

　「中で出ちゃったよー」

　工作員に声はない。

　どうやら必死で痛みを堪えているようである。

　ビブドの，巨人にしては小さいとは言え，屹立した男根が，肛門の奥深くまでを貫

いたのである。

　しかも，その奥深くに，ビブドの熱くて穢れた精を，たっぷりと注ぎ込まれたのである。

　工作員は激痛に耐えながら，自分の生まれの不幸を呪った。

　今までは素股で何とかやり過ごしてきたものを。

　今日は術の掛かりが悪かったのか？

　それともクスリの効きが弱かったのか？

　工作員は，裂かれて血塗れの肛門を締めながらも，ビブドへの殺意を押さえることが出

来なくなってきた。

　ドアを蹴破る音さえ聴こえてこなかったら，きっとビブドを八つ裂きにしていただろう。

　狂帝の放った工作員45号は，痛む肛門を締めたまま，全裸でカーテン越しの窓に身体

をぶつけていく。

　ガラスが砕け散り，工作員の姿は階下の暗闇へと消えてゆく。

　「追います」

　鴉が小さく言い残し，工作員が脱出した窓から追尾する。

　「ビブド！」

　「あー」

　「操られてるのか？」

　「あー」

　リグヴィルは全裸のビブドに着衣を促し，部屋を後にした。



　「すみません。逃げられました」

　「追っ手を振り切るとは，まんざら無能という訳でもないのだな」

　リグヴィルが笑った。

　「しかし何故ビブド殿が？」

　「経緯は分からないが，どうやら催淫剤を飲まされ，催眠術を掛けられて操られていた

らしい」

　「ほう。では狐で？」

　「いや，あれは生粋のオグル忍者だろう」

　「ですね」

　「ビブドには，あの男が，小さい女の子に見えたのだろうな」

　「可哀相に」

　「どちらが可哀相なのかは微妙だな」

　「はい？」

　「あの工作員，当分は排便の際に地獄の苦しみを味わうことだろう」

　「ですね」

　鴉が笑った。

　「まあ，それが仕事だ。仕方がない」

　リグヴィルも笑った。







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