「光の皇女」





「マルサラの美少女」





　ポルタデウス（マルサラ ）を守備するオグルの衛兵は凡そ１万。

　マリス海賊艦隊の前に立ちはだかるオグル帝国海軍の艦艇は数千隻にも及

ぶ。

　一方リグヴィル率いるマリス海賊艦隊は，旗艦ヴァリス以下，僅かに戦列艦

35隻と，圧倒的な兵力差があった。

　リグヴィルは懐からルシエルに渡された瑠璃色のアミュレットを取り出し，天

高く掲げる。

「光の魔力を秘めし聖なる護符よ，真の力を我の前に示せ！　光の神ルシエルと

全ての海の女帝ナギとの契約に基づき，此処に我，マリス海賊艦隊提督リグヴィ

ル･ブラゴールが命じる。海竜召喚！」

　蒼天が急速に暗雲に覆われ，それまで吹いていた北からの風が滞り，海面が

完全に凪いだ。

　凪いだ海面から小さな泡が無数に浮かんでは消えていく。

　そして，その泡は次第に大きくなっていった。

　その有り様は丸で海が常温で沸騰しているかのようだった。

　何時しか鈍色の虚空には無数の青い稲光が駆け巡っていた。

　オグルの可聴域を遥かに超えた超高音から超重低音までの轟音を鳴り響か

せながら，空と海と間を縦横無尽に。

　風は一時の無風状態から様変わりし，吹き来るべき方向の予測の付かない

生温い嫌な大きな風が，うねりを上げて吹き荒れ始めた。

　マリス海賊艦隊とオグル海軍の間に広がる海面に幾十もの大きな渦が巻き，

その渦の中心から海竜が虚空に次々と鎌首を持ち上げる。

　海面から十数メートルの高さにある燃えるような真紅の瞳が一様にリグヴィ

ルを凝視する。

　生臭い饐えた匂いが海面一面に漂った。

「全ての海の女帝ナギの息子らよ！　契約の元，リグヴィルが命じる。敵船を

悉く海中に沈めさり，敵兵を悉く喰らい尽くせ！」

　その声に海竜たちは緩やかに反転し，方向をオグル艦隊に定めた。

　そして血の匂いを嗅ぎ付けた人喰い鮫の如く，身体を縦に，ゆったりとくねら

せながら，全速力でオグル艦隊の中心に向かって突進していった。

　海竜たちは咆哮し，鋭い歯の並んだ力強い大きな顎を開き，次々にオグルの

艦艇に襲い掛かる。

　猛威を象徴する長い首は簡単に帆柱を圧し折り，船を真っ二つにする。

　鋭い歯は兵士の身体を噛み千切り，あるいは一飲みにする。

　殆どのオグル兵たちは逃げ惑い，僅かに勇敢な，それ以上に無謀な戦士た

ちが弓矢や剣，そして焙烙で反撃を試みる。

　しかし海竜たちの分厚い鱗に覆われた皮膚や，その下にある分厚い脂肪，そ

して鍛えられた筋肉には全く効果がない。

　数時間に渡り，無数のオグル艦艇の甲板上で，そして海面で地獄絵図が繰り

広げられた。

　海竜たちの凄まじい威嚇の表情と咆哮にオグル兵らは武器を捨て，鎧を脱ぎ

捨て，船を放棄し，冷たい海へと飛び込んだ。

　恐怖に駆られた兵士たちは必死にポルタデウスの陸地を目指して泳いだ。

　しかし，大多数の兵士らは渦に吸い込まれるように次々と暗い海底に沈んで

いった。

　海面下に跋扈する海竜たちの貪欲な胃袋の中に消えたとみて間違いないだ

ろう。

「ＹＯ−ＨＯ！　碇を揚げろ！　帆を張れ！　マルサラに向かって全速前進！」

　リグヴィルからの命が下った。



　リグヴィルはナギの息子たちを召喚し，オグルの艦艇を全て海の藻屑に消し

去る。

　この海戦でのオグル側の死者は数万とも十数万とも言われている。

　十万は大げさだろうが，数万は決して誇大な数字ではないだろう。

　その証拠に，オグル帝国海軍は，その後数年，ルクレア地中海から完全に姿

を消す。



　リグヴィルたちはポルタデウスに上陸し，盗賊ギルドや人狼の連合軍と合流

する。



　光暦4024年冬，リグヴィル率いる総数1000余のポルタデウス攻略軍が１万を

超えるオグル軍守備隊に襲い掛かる。

　守備隊の中には正式にオグル騎士となった腐乱死体ルーンの姿もあった。

　リグヴィルとジュディスの攻撃魔法が炸裂する。

　攻略軍はポルタデウスを散々に荒らし捲くり，収監されていた仲間を救出し，

鴇の声を上げる。

　ジュディスはリグヴィルに対面するが，親子の名乗りは上げない。

　親子の名乗りは上げなかったが，リグヴィルもジュディスも，互いに血の繋が

りは感じた筈である。
　
　ジュディスの存在は，リグヴィルや手下の海賊衆の中では＜マルサラの美少

女＞として伝説となる。

　その後ジュディスはヴァレ等盗賊ギルドや人狼たちと共にルクレア山脈を転

々とする。

　付けられた鴉たちから魔術や忍者としてのスキルを習い，ルクレア反オグル

武装戦線＜狼＞の名実共に中心幹部として成長する。





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