「光の皇女」





「ジュディス海賊編（前編）」





　光暦4032年1月1日，成人したジュディス・アン・モルヴァイは，エクセルシス上層

部より，非公式に警備艦隊の提督に叙任される。

　エクセルシスは海を持たない。

　清雅なるエクセルシスを穢れたオグルの新人類帝国から分断する高くて長い城

壁の，その何処もが一寸たりとも海岸線には接していない。

　にも拘らずエクセルシスが警備艦隊を必要とするのは何故か。

　それには仔細がある。

　エクセルシスを離れること南へ265キロ。

　寒風荒れ狂う南ルクレア海の真直中に隔絶された離島が存在する。

　正確には１つの大きな島ロソと，その北東に浮かぶ幾つかの島々から成る（ロ

ソ）北東群島なのだが。

　これらの島々はジュディスが家名と職責を引き継いだモルヴァイ侯爵家先祖伝

来の領地の一つであった。

　しかしジュディスが７歳の時にエクセルシスで起きた＜クリスティン内親王失踪

事件＞の影響を受け，エクセルシスとルクレア帝国臨時行政府の間が俄に緊迫

化。

　ルクレア皇室や臨時行政府との関係も浅くなかったジュディスの祖父でもあり，

エクセルシス12門衛侯の筆頭でもあり，万騎長でもあったジェロルド･アドゥリスは

自身の病気療養を表向きの理由として，妻であるロニカ･アンと側近たちの大部

分を引き連れ，ロソ島にあるサカルアクアムの城館に引き篭もってしまった。

　それから十数年，ジェロルド･アドゥリスからの連絡が完全に途絶してから久しい。

　何度エクセルシスから伝書鳩や伝書梟を飛ばしても，全くの梨の飛礫だった。

　謀反の噂もなくはないが，人口20万にも満たない海中の孤島でエクセルシスに

叛いたところで大した意味を為す筈もない。

　その為ジェロルド･アドゥリスの一件は，エクセルシス上層部からは完全に放置

され，幾星霜が過ぎ去った。

　幾ら絶海の孤島とは雖も，多少の噂は流れ出るものである。

　そうした噂の出処は，ロソ周辺に棲む人海驢から齎されることが多い。

　モルヴァイ家の家宰長だったバウンチャネ･アラビスケルネに軟禁されていると

か，ノセロアの氷竜マルヴの眷属が文字通り海上封鎖をしているとか，ウェセロ

アから落ちてきた不死の海洋性妖魔がノセロアの氷竜マルヴに取り入り，ロソを

根城に南ルクレア海を支配しようとしているとか，その手下となったオグルの海

賊衆が定期的に島を襲っているだとか。

　そこで表向きは海運業を生業としたアウリン商会を隠れ蓑にして，南ルクレア

海に巣食う，そうした気持ちの悪い海洋性妖魔オルキヌスやら，女装癖があり同

性愛者でもある不気味なオグル海賊キティやら，日がな空を見上げている女海

賊ロキシーやら，小動物を常に引き連れてる女海賊ナオやらを完全に駆逐し，最

終的にはロソ全島を簒奪者の支配から開放，モルヴァイ侯爵家直轄領として運

営するのが目的だった。

　しかし実際にはエクセルシスの上層部も，そこまではジュディスに期待してはい

なかった。

　モルヴァイ侯の孫娘ジュディスが，ルクレア地中海を統べる海賊王リグヴィルの

娘であることは一部の高官たちにしか知らされていない最高機密の一つではあ

ったし，ジュディスがルクレア山脈に本拠を持つ反オグル武装戦線＜狼＞の最高

幹部であることも，ジュディスがエクセルシスでも数少ないオールナインの大魔導

師＜星の魔女＞モニカの愛弟子であることも完全に伏せられていた。

　況してや光の神ルシエルの孫娘であることを知っているのは，エクセルシスの

最高幹部である金烏28部衆くらいしかいない極秘中の極秘であった。

　その為，与えられた船舶も２枚帆の中古の中型船が僅かに２隻ではあったし，

エクセルシス本庁から派遣されて来る航海士を除く一般の水夫は，モルヴァイ家

が自費で賄わなければならないといった悲惨な状態だった。

　そこで事業当初の回転資金を得るのを目的に，当面は沿海での交易に明け暮

れることになったのは致し方ない。

　元よりロソ島に渡るには数多の海洋性妖魔や雑多なオグル海賊どもを排除し

なければならないのだが，その為には戦闘に不向きな中型船では如何ともし難

いといった現実が大きく立ちはだかった。

　そこでジュディスは，モルヴァイ家の金庫を空にする勢いで，エクセルシスから

貸与されたのと同型の中型船を３隻建造し，都合５隻で艦隊を組んだ。

　この艦隊を動かすには，最低でも水夫が110名は必要である。

　しかも小柄で痩せぎすのエクセルシアンではなく，大柄で屈強なオグルの水夫

が。

　何故ならオグルの造船所の方には，オグルが経営する新興の海運会社アウリ

ンが発注した船だという触れ込みで建造を依頼していたからである。

　自然，船内の全てのサイズはオグルのもので統一されている。

　そこでジュディスの最初の仕事は西ルクレア沿海部のロギスミニウム，コンスト

ポルム，そしてゲラン辺りにまで水夫を調達しに行くことになる。

　この辺りではコンストポルムのオグル海賊トール・アッテルベリが幅を利かせて

いた。

　トール・アッテルベリは，エクセルシスに近い南ルクレアのプエロリザス，アヴィ

ス，コルディヴ辺りの港を仕切るアヴィスのオグル海賊クット・ヤルネフェルトとは

南ルクレア海沿岸交易の利権を巡って激しく対立していた。

　両者の資質なり人となりを鴉衆や歩き巫女を装った銀烏を使って調べたところ，

エクセルシス上層部の判断は前者アッテルベリと手を結び，後者ヤルネフェルト

を駆逐することが望ましいという結論に達していた。

　それにロソ島へ一番近く，古い過去には定期船も出ていた唯一の港はプエロリ

ザスである。

　となればプエロリザスをジュディス艦隊の当面の拠点とするのが自然であろう。

　その為には是が非でもアヴィスの海賊同盟は殲滅しなければならなかったので

ある。

　プエロリザス，アヴィス，コルディヴ辺りのオグル領主アルマス･カルステニウス

からは事前に内諾を得ていた。

　事業の収益の５％を献上するという条件で。

　以前ならエクセルシスの息の掛かった海運業者がオグル領主と裏取引をする

など考えも及ばないことだった。

　時代は確かに変わってきていた。



　ジュディス艦隊の初期メンバーはジュディスを含めて４名。

　提督であるジュディス･アン･モルヴァイ，ジュディスの執事であるジャヴィエ・カ

デネドア・ワシン，２番艦艦長を経て，後に第２艦隊を任されることになる人蝙蝠

のアブドゥル・セバスティアン・ルビオ・ズトバブ・ウラム，切り込み隊長を務める巨

人のガンドズ，これにエクセルシス本庁から派遣された新米航海士が25名とサリ

ス海賊上がりの初老のベテラン水夫長が１名加わる。

　ジュディスのもう一人の仲間であり，人狼の（嘗ては）少年だったケネス･ホント

ラコルは，現在ルクレア人狼族の族長を継いでおり，ルクレア反オグル武装戦線

＜狼＞の中核幹部として忙しい日々を送っている。



　エクセルシス，モルヴァイ侯爵の別邸，３階にあるジュディスの執務室。

「派遣されてくる搭乗員というのは，殆どがエクセルシス生まれで，ソリスヴァリス

の海員養成所を経て送り込まれて来るのでしたね？」

　ジュディスが，ジュディスが生まれたときからモルヴァイ家エクセルシス別邸の

家宰長であり，ジュディスのデスクの前に直立不動しているジャヴィエに訊いた。

「はい。何れも将来のエクセルシスを背負って立つ逸材揃いという触れ込みで，

後見人･推薦人は何れもが我がモルヴァイ家と肩を並べる大貴族の当主，といっ

た名家の御子息・御令嬢ばかりですな」

「水夫長として，ルクレア盗賊ギルドから特に推薦のあった，このカメロン・モーレ

以外は，全員が私より歳下のエクセルシアンですね」

　一人掛けのソファーに座ったジュディスが，デスクの上に束ねられて置いてある

26枚の履歴書を眺めながら言った。

「そうですな。これでは警備艦隊というより，海の学校といった方が余程適切かも

知れません」

「どうやら事前に面接の必要があるかも知れませんね」

「では，そのように手配致しましょう」

「カメロン・モーレは，ヴァレ小父様の推薦だから呼ばなくても良いでしょう」

「了解しました」



　10日程経ったある日，モルヴァイ邸は美しく着飾った25名の眉目秀麗な若い長

身のルクレア貴族の少年少女の群れで溢れ返った。

　身長だけなら小柄なオグルといっても充分通用する。

「先着順に一人ずつ入室させて」

　先ほど窓から少年達・少女達を眺め，今はデスクの前で険しい表情をしている

ジュディスが，傍らに立った家宰のジャヴィエに言った。

「はい」

　老獪なジャヴィエは既に主計長に内定している。

　ジャヴィエが退出し，程なくして，長い髪を額に黒い宝石の付いたサークレット

で纏め上げ，上等なピンク色のドレスを纏った，ジュディスより何歳か歳下の美少

女を伴って戻ってきた。

「ゴイン伯爵令嬢を御連れ致しました」

「イシア・コリネウィ・ゴインです」

「楽な姿勢で宜しい」

　表情も硬く，直立不動のイシアをジュディスが微笑ましく凝視しながら言う。

「変なことを訊くけど，怒らないでね？」

「はい」

「イシアは神勅を受けて，13歳でエクセルシスを離れ，ソリスヴァリスに派遣され

たりしなかったかしら？」

「はい。主に砲撃手としての訓練を受けて参りました」

「そう。で，イシアの本当の御父上は，どんな方なのかしら？」

「それは言えないことになっています」

　イシアが困惑の表情を浮かべながらも毅然としていう。

「当ててみましょうか。イシアの実の御父上は，ルクレア地中海を統べる海賊王リ

グヴィル･ブラゴールという御方ではなくって？」

「何故それを？」

　イシアが驚愕の表情でジュディスに訊ねる。

「私の想像が当たっていれば，総勢110名の，この小さな警備艦隊は，思ってもな

かったことに，余程＜上＞から期待されて編成される世界最強の艦隊になりそう

だわ」

　ジュディスがデスクの引き出しからラピスの護符を取り出し，イシアに判るように

見せる。

「では，ジュディス様は私の腹違いの御姉様なのですね？」

　イシアが驚きながら言う。

「どうやら，そのようね」

　ジュディスが微笑みながら言う。

「恐ろしいことに，今日此処に呼んだ御子達は皆，私達の腹違いの兄弟や姉妹っ

てことになりそうだわ」

「……」

「あら，驚かないのね？」

「薄々は…」

「私を除いても，ルクレア地中海の覇者･海賊王リグヴィルの娘や息子達が25名

も揃った艦隊なら，世界中の海だって簡単に征服出来そうじゃなくって？」

　ジュディスが本気で笑い出しそうになるのを我慢しながら言った。

　この後，ジュディスは腹違いの妹であり，３番艦の艦長を経て後に第３艦隊を任

されることになるランディカ・レゴリオ・リン・ティエンコ，４番艦の艦長を経て第４艦

隊を任されることになるウィルマ・ギャレ・サンディベッティ，ジュディス旗艦の副官

となるマシャダレン・リ・フェイデベ・ウォン，参謀長となるカツェリネ・パウア・レ・フ

ェッリ，測量長となるヴィッキィ・ハオル・ヘルマー，操帆手となるサマンティヤ・リ

ゲ・サ・ロケ，船医となるヴィヴィアン・サマンティヤ・ランシェマン，宣教師となる

サギナ・ロン・タテ・トヴァッラ，料理長となるウサギナ・ババラ・ハネ・パドミング，

見張り番となるヴィヴィアン・パーマレン・シン・ベニテバレラ，砲撃手となるミジュ

ディヤン・レンデン・エイマン，腹違いの弟であり，５番艦の艦長を経て第５艦隊を

任されることになるギオヴァン・リチャロン・エ・ミツェレン，６番艦の艦長を経て第

６艦隊を任されることになるパーン・ヴァンセ・ゲイゲ・ガシャクァーク，７番艦の艦

長を経て第７艦隊を任されるカイ・ギナ・フン・サンドヴァロア，操舵士となるゲル

シュイン・ブルシェ・グリュベール，操帆手で後に２番艦の艦長を任されることにな

るエツェン・ヤンダ・ウェツァンディ，これも操帆手で後に３番艦の艦長となるエテ

ィッジェ・ダ・エアソン，砲撃手で後に４番艦の艦長となるパウダリン・ア・ダヴィツ

ォ，これも砲撃手で後に５番艦の艦長を任されることとなるラマレンコディオ・ヅテ

ィンマッテェ・ウィッティパウディ，船大工となるカイラーファ・カソン・アン・コーペー

コー，飼育員となるジャイレン・ドーグラ・ミレル，その他エベ・エマ・セモウ・リティ

ン，ナラヤン・ゲラド・フッギン・ネハイエ，ラシ・ジョアンア・マッセ・トヴェ，レヴィ・

テッリ・ホキンといった後にジュディスの艦隊の主力航海士となる面々の面接を

行う。

　尤も，最終的には95名に及ぶリグヴィルの息子や娘等がジュディスの艦隊に搭

乗することとなるのだが。





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